「漁師町・九鬼 町ぐるみの流しそうめん ~山水の活用をつなぎ、事前復興へ【ルポ】」
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尾鹫市
東紀州の魅力の1つが、ディープな風景と文化が残る漁村集落。
熊野灘沿岸に多くの漁村が点在し、海・山の自然と四季折々の暮らしを感じる風景が広がります。それぞれに異なる雰囲気や街並み、長い歴史をかけて培われた「そこでしか味わえない人・食・風景・文化の魅力」が詰まっています。
中でも、特有の歴史と文化をもつ尾鷲市・九鬼町。地元で引き継がれる山水利用を「流しそうめん」で復活させ、いずれ来たる巨大地震に備える取り組みが行われています。地元の子どもたちが九鬼の歴史と防災を学び、町ぐるみの流しそうめんを催す、ひと夏の取り組みを取材しました。

「そうめん流れてきたー」「たくさん取れた!」「めっちゃおいしい!」。
8月13日。夏真只中の尾鷲市九鬼町に、風鈴の音と子どもたちの楽しい声が行き交った。民家に挟まれた石組の狭い路地に設けられた竹樋。沿うように子どもと大人が1列に並び、流れるそうめんをすくってすする。その姿を、通りすがりのご近所さんが笑顔で見守る。
「食べられた?」「おいしいかい?」
そんな会話が自然と広がる約20メートルの流しそうめんと人のにぎわい。それは一見、子ども会や地域行事といった懐かしい風景のようにも見える。ただ九鬼の取組はそこに留まらない。いつか来たる災害に向けた事前復興の狙いと実践が組み込まれている。
山と海に囲まれた、自然豊かな漁村集落・九鬼。断崖絶壁の秘境「オハイ」でも注目を集める。民家が密集し、その間を細い路地と水路が迷路のように通う。「大敷」と呼ばれる定置網のブリ漁を中心に栄え、小さな漁村とは思えない豪勢な家が並ぶ。豊漁祈願と結びつく信仰や共同体を重んじる固有の街並みと文化が残る。
一方で「人口減少・高齢化」の最先端をいく課題先進地でもある。昭和期に2000人を超えた人口も現在は200人弱。高齢化率は約65%に上るという。地域行事や祭り、代々受け継がれてきた文化や暮らしの継承も喫緊の課題となっている。
また、集落があるのは紀伊半島の沿岸部。南海トラフ巨大地震発生時には、地震や津波、集落の孤立などの大きな被害が予想される。

九鬼の研究を長年続ける下田元毅さん㊨ 流しそうめんを主宰する1人。
「ボッチde流しそうめん」と冠したイベントは、今年が3回目。
「ボッチ」とは、豊かな自然資源である山水を溜めて、生活用水として使うための貯水槽。九鬼の集落内に現存し、固有の名称として名づけ使われてきた。古くは実際に流しそうめんのように竹の樋で水を引き貯めて、使われたという。住民が集まる場は、情報交換や世間話をする井戸端的な機能も果たしていたという。
この「貯水槽・ボッチ」の機能を復活させて、町ぐるみで町の中で流しそうめんをするというもの。地域の子どもから高齢者、さらには帰省中の家族や親族が集い、楽しむ。その裏には流水機能を復活させ、地域で使い方を知り、体験する意図が含まれている。
「被災して水道が使えなくなった時、かつて利用した森からの流水をボッチで貯めて山水を使用できるのではないか」。
ボッチの活用を再現し、次世代へとつないでいく。そんな想いが込められている。

集落内にある約2m四方、高さ1mの石組の貯水槽「ボッチ」。
手前のくぼみは実際に竹樋で水を引いた痕跡という。
主催するのは、九鬼の研究を続ける「文脈のカタチ研究会」。
漁村研究者で九鬼の街並みと歴史文化にほれ込み、長年研究を続けてきた大手前大学の下田元毅さんを中心に、大学の研究者や学生らが集う。今年も6月頃から10人ほどが週末を中心に滞在し、準備を進めてきた。

講堂に集まった20人ほどの参加者たち。和やかな会話が続く。
7月には流しそうめん本番に先駆けて、地域の防災を知り体験するイベントが行われた。
1回目は「小学校講堂そうじ・防災倉庫見学」。2010年に廃校となった九鬼小学校は集落内でも高台にあり、発災時には避難所となる。校庭には防災倉庫もあり、備品や防災グッズが保管されている。
「今年も参加してくれてありがとう。1年たって大きくなったね。今年もお盆に流しそうめんをやりたいと思います。それに向けて、九鬼の防災をみんなと一緒に楽しく学んでいきたいと思います」。
と呼びかけた下田先生。その姿は良い意味で、研究者でなく工作のお兄さん的存在のよう。参加者は地元の小中学生8人と、運営する研究者学生ら地元スタッフ10人ほど。子どもたちの元気な声が響き、和やかな雰囲気が漂う。
「背伸びたね!」「何年生になった?」と盛り上がり、昨年から続いての参加者が多い。普段使われることの少ないという旧校舎は、きれいに保たれつつも床や窓際に埃が積もっていた。3つのグループに分かれて「講堂」「下駄箱と階段部分」「防災倉庫」をそれぞれ掃除し、その後みんなで防災倉庫の備品を確認した。

ボッチ辺りの川で水を汲んでバケツで運び、拭き掃除が繰り返される。

校庭脇の防災倉庫へと向かい、備品を確認!
・停電時用の発電機
・レトルトドライカレーやわかめご飯の非常食
・簡易トイレ
・救援表示シート
などが保管されていて、それぞれの使い方や賞味期限などの状態を確認する。
次は、被災時に救援等のヘリコプターに場所を伝える救援表示シート。実際にみんなで校庭に広げてみる。笑顔で元気に作業する子どもたちの姿に、実際に使用する場面を想像したりもした。

黄色い大きな救援表示シートには「オワセ72クキ」と大きく書かれている。
本日の目玉イベント? 講堂での雑巾拭きレース。
講堂内の約20メートルを大人と子ども混じりで競い合う。男子小学生の有り余る威勢に、大人や大学生も負けじと本気のガチンコ勝負を挑んだ。
緊張感が漂う中、予選の組分けごとに1列に並ぶ。合図とともに、低姿勢から一気に前へ。乾いた床で雑巾は滑りにくく、ひっかかりが身体のバランスを狂わせる。体の硬さを感じながら、なんとか前へ。その横を子どもたちが颯爽と走り抜ける。足が空回りし転げる大人たちへ笑い声が起きる。動画でのリプレイ検証が入るほどの熾烈なレースが繰り広げられた。
その後は、校庭で楽しくすいか割り。目隠しをして竹刀を立てて、頭を付けて回る。すいかを目掛け、嘘や本当やその他の?いろんな指示の声を頼りに進む。竹刀を振り下ろすと、その度に声が上がり、大いに盛り上がった。

かつての面影が残る講堂で、緊張感あるレース前。

大人も子どももガチンコの雑巾拭きで駆け抜ける。

みんなに見守られ、野次られ?ながら、すいか割り。
2回目のイベントは「こども避難体験キャンプ」。
災害時を想定し、前回掃除した講堂で、電気も水道も使えない被災時を想定して避難生活を体験しようというもの。
まずは講堂を、2m四方ごとにテープで区切っていく。近年の被災地では避難所での生活を再開するために同様の区画が1人ずつに割り振られ、生活したという。講堂全体の広さを確認しながら、何人分のスペースが確保できるかを確かめた。
そしてこの日の夜は、防災倉庫に保管している敷マットを区画ごとに敷いて滞在。他にも、市の防災担当者から、防災備品の使い方を学んだり、能登半島地震のお話を聞いたり、防災について学ぶ1日となった。

非常食などの防災備品を学んで確認した。

非常用トイレの組み立てをみんなでやってみる。

町中の路地が、流しそうめんと受付の会場に。
流しそうめん本番の8月13日。
町ぐるみでの流しそうめんは大いに盛り上がった。
九鬼伝統の味という玉ねぎと椎茸が入ったつゆを受け取り、竹樋の横に着く。子どもたちは、流れるそうめんやトマト、お菓子を楽しんで掬って食べた。
掃除・宿泊もした小学校の講堂では、事前イベントの様子を展示。避難時の区画をテープで示し防災倉庫の備品を並べ、使い方や実際に使用した様子などを写真で解説した。事前イベントの写真とともに、子どもたちが参加して考えたこと、7月末にあった津波避難指示の際にどのような行動をとったかなど、防災の学びと意識の変化が感じ取れるようだった。
子どもたちによる防災備品レクチャーも行われ、簡易トイレの組立て方や発電機の利用方法も実演。使った感想を話したり、通販番組さながらに説明する姿に関心する、そんな一幕もあった。
この日一番の盛り上がりは、バケツリレー。
ボッチから小学校まで、約40メートルの階段に参加者が並び、水を入れたバケツを手渡しのリレーで運んだ。タイムアタック方式で、昨年の記録を塗り替えるべく、子どもから大人までが一緒に楽しみながらバケツをつないだ。

ボッチから小学校までをバケツリレー。タイムアタックで盛り上がった。
当日の参加者は総勢83人(内、子ども34人)に上り、半日をかけて流しそうめんを食べて楽しみ、その根底にあるボッチの機能と防災への備えを地域一体となって確かめる機会となった。
「地道なことだけど、地域の未来に何か生きることを考えて続けています。
子どもたちが参加してくれて、徐々に準備や運営も入ってくれている。
その姿に、きっと未来が少し変わってきているように思えています」と話した下田さん。
ボッチと流しそうめんを中心に、人が集まり交流が生まれ、つながっていく。流しそうめんやバケツリレーで楽しめるイベントの根底には「防災」や「地域の文化継承」という狙いと実践が確かに紐づいていた。

講堂では、事前イベントの写真や防災備品、子どもたちの感想が展示された。

子どもから大人までが流しそうめんを楽しみ、ボッチの活用を通じて防災を考えた。
ひと夏の取り組みに、九鬼の今、昔、未来が少しずつつながってきているように感じました。
ぜひ一度、漁師町・九鬼をゆっくりと巡ってみてはいかがでしょうか。
古くから脈々と引き継がれてきた漁村特有の文化や暮らし、街並みを感じられるはずです。
文脈のカタチ研究会では、そんな長年に渡る九鬼の研究をまとめた書籍『空間九鬼』を出版しています。建築学の視点による奥深く味わい深い内容を、写真や図解で分かりやすくまとめられています。是非こちらも併せてお楽しみください。
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『空間九鬼』オンラインショップや九鬼町の本屋さん「トンガ坂文庫」などで販売。

