本网站使用cookie来改善用户体验。如果您继续浏览,则表示您同意在此站点上使用cookie。 接受

尾鷲市梶賀町に250年伝わる『ハラソ祭り』-古式捕鯨を今に伝える感謝の儀式-

更新日期:

尾鹫市

尾鷲市南端の梶賀町に、実際に海へ船を出して古式捕鯨を行う祭りがあります。
その起源は定かではありませんが、250年ほど続いていると思われます。毎年1月の第二月曜日(成人の日)に行われ、飢饉で苦しんだとき浦を助けてくれた鯨への供養と、大漁祈願をかねて行われます。

ハラソ祭り(尾鷲市梶賀町)


梶賀町は尾鷲市の南端に位置する89世帯148人(2019)の漁業の町です。
ハラソ祭りは毎年1月の第二月曜日(成人の日)に行われます。
昭和33年市無形民族文化財に指定され、古式捕鯨を今に伝えています。


熊野尾鷲道路賀田インター下車
⇒ (2.5㎞)賀田町⇒( 1㎞)曽根町⇒( 2.5㎞)梶賀町

山が迫っており、海沿いに家が並んでいます。


梶賀港は波のない、静かな漁港です。


ハラソ船が見えてきました。
手前の白い船は牽引役の漁船です。

江戸時代、飢饉があるたび鯨が獲れ、浦を救ってくれたという伝承があります。
捕鯨は270年ほど前に廃絶していますが、祭りは鯨供養と大漁祈願として続いてきました。

船首には祭りの飾りが取り付けられています。
よく見ると、日の丸が覆っているのは日本酒の一升瓶!


出航前のハラソ船。
舵が動きやすいように潤滑剤を塗り、手入れをしていました。

艪が7挺積み込まれています。
この船は昔の「高速艇」で、10ノット(時速約19㎞)出るものもあったそうです。

操作の難しい艪を多人数で同時に扱う…熟練の技がないと、操船できない船であることが想像できます。


船尾には多数の大漁旗が飾られています。
吹き流しの位置に日の丸が飾られていた時期もありました。

魚市場では、同時に輪内中学校のエイサー踊りや「熊野鬼城太鼓」演奏が行われるので、その準備に余念がありません。

大きな和太鼓がたくさんありました。

今日の主役が船に乗り込み、準備のため出発します。

以前はこの場所で化粧や着替えをしていました。
(船は当時の高速船。スリムな船形がわかります)

男衆は、曽根町の飛鳥神社前の船上で、赤や白の襦袢に着替えます。

男同士で化粧をします。
顔を真っ白にし、歌舞伎役者風の隈取りを描きます。

 

化粧・着替えの見学

放送局のカメラが何台も回っています。
見学している人も、ほぼ全員カメラを向けています。


飛鳥神社前での第一投。
鯨にモリを打つ役・羽刺(はざし)は、「ハラソ」のかけ声が次第に早くなり、ピークに達した瞬間投げます。

全員が艪を漕ぐと、船足はかなり速くなります。
クジラに近づくと漕ぎ方を変え、さらに速度を上げるそうです。
この船は7本の艪で巧みに操られます。

しかも、複数人で1本の艪を操作しています。


飛鳥神社での第二投。
背景がすっきりしているので写真をゲットするチャンスです。

梶賀港に入ってすぐ第一投。
岸壁に向かって進む間に7回の投銛があります。

第二投。

かけ声が聞こえてきました。

続いて第三投。
かけ声のテンポが速くなります。

方向を変えて第四投。
この日の港内は、ハラソ船だけが航行しています。

岸壁に近づいてきます。
ここで第五投。

再び向きを変えて第六投。
魚市場の岸壁から近く、大勢の人が間近に見ることができました。

岸壁の直前で第七投。
危険なため、手加減しているように見えました。

お疲れさまでした!
海上での役目を終え、接岸します。
すばらしいものを見せて頂きました。
本当に、お疲れさまでした。


祭りの最後は餅まき。
男衆が岸壁に上がり、餅をまきます。
大きめの餅が舞っていました。

ハラソ船が飛鳥神社から帰ってくる間に陸路梶賀へ帰ってくると、大きなまぐろを水揚げしていました。
人と比べても、かなりの大きさです。
ブリ大敷へ入ったのでしょうか。

 

刃物のような古式モリ

刺さったモリは柄から分離し、
ロープで鯨と繋がるようになっています。

37年前(1989)に撮った一枚


化粧・衣装も背景も、ほとんど変わっていません。

大きく違うのは船。新造されたようです。
その昔、飢饉の浦村を潤したという鯨漁。

何百年経っても感謝を忘れない祭りが行われています。
私たちの民族が自然に感謝する姿は、縄文時代から続いている、という説があります。
末永く続いていって欲しい祭りです。

 

使用機器
・レンズ24-120mm、70-300mmズーム、500mm
・カメラ一眼レフ2台
・その他三脚、レリーズ